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海住山寺@京都府加茂町 木津川市の加茂町にある静かな山寺「海住山寺」です。 近くには恭仁京跡があり、その付近の想像を絶するような急な坂を登って行くとあります。 ここは国宝の五重塔が有名です。この五重塔は、五重の屋根の下に裳階が付いていてあたかも六重のように見えるとか・・この構造の五重塔は、ここと法隆寺だけだそうです。 この寺からは、山間の美しい景色も見下ろすことが出来ます。 ↓国宝の五重塔では、室生寺に次いで2番目に小さいそうです。 ↓本堂 ↓腰掛なす??少し庭の雰囲気に合ってない気がしました。。
第9回 聖武天皇と藤原一族 第9回 聖武天皇と藤原一族 さて、文武天皇が即位し、持統天皇も安心して世を去ったわけですが、やはり近親結婚は寿命の短い子供が出てしまうのか、707(慶雲4)年に彼は亡くなってしまいました。そこで、後継者が問題となるのですが、文武天皇の息子だった首皇子(おびとおうじ)は当時7歳でした。 他には、まだ天武天皇の息子も多数いたのですが、文武天皇の奥さん=首皇子の祖母としては、自分の孫を将来的に即位させたい。そこで、自分は天智天皇の娘だったことから、自ら即位します(元明天皇)。 ○物々交換から銭経済へ・・・? ところで、この頃から、それまでの物々交換に加えて、銅銭を使った商取引がスタートします。 有名なのは1999年に発見された富本銭(7世紀後半に使用?)。それから、708(和銅元)年に発行されたことが解っている和同開珎ですね。こうした貨幣・銅銭はその後、皇朝十二銭と総称されるように、957年発行の乾元大宝まで、何回かに分けて発行されます。 ○平城京遷都! 710(和銅3)年、元明天皇は律令政治を行う新しい中心地として、奈
大仏鉄道記念公園 大仏鉄道記念公園 February 22 [Fri], 2008, 8:54 ここ数年フリーペーパーなどで「大仏鉄道廃線跡を歩く」などのツアーをよく見かけるようになり、昔大仏鉄道なるものがあったということは知っていたのだけれど、歩いていてひょいと出くわした小さな公園に「大仏鉄道記念公園」と書かれていたのにびっくりしました。 ここは往時の大仏駅の南端にあたる場所で、昨年7月に「大仏鉄道記念公園」というネーミングができたばかりだそうです。 奈良市の舟橋通り商店街を北に抜けて佐保川を越えたすぐ先にあります。 佐保川の桜とともに見に行かれるのも一興かもしれませんね。 大仏鉄道は明治32年(1899年)に開通して、わずか9年で廃止された鉄道。 奈良駅から加茂駅(京都府加茂町)までの9.9kmで、斜めに奈良と加茂を直結していましたが、勾配がきつく石炭を大量に消費したこともあり、明治40年に加茂〜木津〜奈良間に平坦な現在のJR関西本線のルートが開通したため廃止されたのだそうです。 ・幻の鉄道 大仏鉄道(加茂駅〜大仏駅〜奈良駅) 木津川市のページ ・大仏鉄
三渓園 三渓園 昨日横浜市中区本牧の「三渓園」を訪問して 来ました。JR根岸駅から徒歩で30分ほどの ところです。 最初、その名前から山の渓谷にある庭園かと 想像しておりましたが、実は海辺にあるんですね。 三渓園という名も原三渓(原富太郎)から来て います。しかし根本は、この庭園の場所が、一ノ谷、 二ノ谷、三ノ谷と当時呼ばれていた三ノ谷辺りに 造られたことに由来するのだそうです。 図書館にあった庭園のガイドブックで拝見した 時は、ど真ん中の高台に三重塔が建つ極めて異色の 庭園でずっと気になっていましたが、実際訪ねてみて、 驚きました。 三重塔は京都府加茂町から移築された燈明寺に あった室町時代の三重塔で、同じく燈明寺の本堂も この三渓園に移されていました。鎌倉の東慶寺の 仏殿もありました。重要文化財の建造物がなんと 10棟もあるのです。自治体指定の文化財も三棟。 驚きました。京都でも一つの敷地で重文を10棟以上 所有するところといえば、東寺と二条城、それに大徳寺 、妙心寺位のものでしょうか。しかもこれだけ
【燈明寺本堂まで、初冬の三渓園散歩?】 小高い山の上に建っているのは燈明寺の三重塔です。枯れすすきが景色に風情を添えています。今日は見るだけでやめておこう。 やめるって? 塔のある山の上まで登るのは、、、w 三渓園というのは明治時代に絹で財をなした原三渓翁が日本各地から古い建物をこの地に持ってきて作り上げた明治の江戸村的お庭です。この三重塔も京都府加茂町にあった燈明寺から移築したそうです。 お池にもすすきは生えて・・・
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